小泉園は、玉縄城跡でも知られる城廻にあり、神奈川県鎌倉市で植木の生産・販売・造園・管理・設計施工を植栽面積4,000坪の敷地で行っております。『庭という空間。それは、和の伝統。 緑は人を癒し、心を豊かにする力がある。 緑のある生活…。 小泉園からの提案です。』

玉之浦椿(タマノウラツバキ)の根回し

圃場で根回しをした椿玉之浦“です。赤い花びらを白く縁取った、五島が世界に誇る幻の椿です。

玉之浦椿

#玉之浦椿 #小泉園

以下ネットより引用

五島が生んだ銘花中の銘花。「玉之浦」は、玉之浦町、岐宿町をまたぐ、父ヶ岳と七ツ岳の山の中腹で発見された。
終戦2年後の昭和22年、炭焼きで生計を立てていた岐宿町二本楠の故有川作五郎氏が山中で偶然見つけたものである。
その後、昭和48年 長崎市で開催された全国椿展で、元の玉之浦町長 故藤田友一氏により発表され、広く知られることとなった。
赤い花の周囲に綺麗な白の覆輪をまとった可憐な花姿。その珍しさは、国内はもとより、海外でも高い人気を得ている。
アメリカに本部を置く国際ツバキ協会が発行する世界ツバキ名鑑では、玉之浦の図版が巻頭を飾り紹介されたこともある。現在、玉之浦との掛け合わせにより作られたツバキが世界各地にあり、その数は、数十種類にも上るといわれる。五島椿玉之浦」は、もはや国際的な世界の「玉之浦」なのである。
この椿は、突然変異でできた品種と言われており、結実した種から育てても元の真っ赤なヤブツバキに戻ってしまう。このため、挿し木、接ぎ木によることでしか玉之浦椿は育たないといわれる。五島はおろか、世界でも唯一発見されているものであり、その原木が残っていれば貴重な五島の財産だったはずである。原木の玉之浦は、発見後、その珍しさが徒(あだ)となって、何人かの盗掘、伐採により枯死してしまっており、今はもうない。
現在は、椿愛好家を中心に、受け継がれている玉之浦椿。その歴史をたどると、痛ましい過去をも背負っていることが窺える。

小泉園は、神奈川県鎌倉市で植木の生産・販売・造園・管理・設計施工を植栽面積8,000坪の敷地で行っております。
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